最近、何かと世間をお騒がせのジャニーズ事務所。
タッキーが去り、キンプリも退所が発表されました。
この不可解な退社や脱退に至った理由について、多くの憶測が流れています。
タッキーは藤島ジュリー景子社長との確執が原因で、ジャニーズ事務所を追われれることになったと噂されています。
ジャニーズ事務所社長の藤島ジュリー景子氏とはどのような人なのでしょうか?
藤島ジュリー景子社長はその名前からしてハーフなのでしょうか?
今は亡きジャニーズ女帝メリー喜多川さんは藤島ジュリー景子社長の母親です。
また、ジャニー喜多川氏の姉がメリー喜多川さんですので、藤島ジュリー景子社長の父親はジャニー喜多川さんではないことになります。
あまり日本では馴染みのないミドルネームではピンときませんね。
ここでは、藤島ジュリー景子社長はハーフなのか、また、ジャニーズ女帝メリー喜多川さんとの関係についても解説していきます。
藤島ジュリー景子社長は家系図からみてハーフなの?
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喜多川家の家系図をさかのぼっていくと、藤島ジュリー景子社長の家族関係がはっきり確認できます。
藤島ジュリー景子社長の母親である藤島メリー泰子さんの代からミドルネームが使われるようになりましたが何故なのでしょう?
父母、祖父母の出身をたどりながら、ミドルネームの由来を探っていきます。
藤島ジュリー景子社長はハーフなのか?
藤島ジュリー景子社長の母親は、ジャニー喜多川氏の姉であるメリー喜多川さんです。
一方で、藤島ジュリー景子社長の父親は、藤島泰輔(ふじしまたいすけ)氏です。
藤島泰輔氏は日本人の父・敏夫、母・孝子を持ち、東京で生まれました。
学習院の初等科から大学まで学び、作家・評論家として活躍した日本人です。
藤島泰輔氏は20年以上前に亡くなっていますが、上皇陛下のご学友でもありました。
メリー喜多川さんとは、不倫の末に結婚したと伝えられています。
藤島ジュリー景子社長の父親である藤島泰輔氏もれっきとした日本人。
したがって、藤島ジュリー景子社長はハーフではなく生粋の日本人なのです。
また、メリー喜多川さんの父親(藤島ジュリー景子社長の祖父)は僧侶だったといいます。
喜多川諦道(きたがわたいどう)氏も母親(藤島ジュリー景子社長の母)も日本人。
藤島ジュリー景子社長の祖父である喜多川諦道氏は、アメリカロサンゼルス高野山真言宗の僧侶であり高野山米国別院の第三代主監中を務めたと伝えられています。
藤島ジュリー景子は本名?なぜミドルネームがあるの?
藤島ジュリー景子社長の父親のジャニー喜多川さんは、アメリカで生まれたので、アメリカ国籍を持っています。
そして、喜多川擴(ひろむ)という日本語名と、John Hiromu Kitagwa という英語名を与えられました。
兄弟は姉のメリー喜多川(本名・泰子)さん、兄の真一(まさかず)さんとの3姉弟です。
帰国後母親が亡くなったあとは、姉のメリー喜多川さんが2人の弟の母親代わりを務めたといいます。
ジャニーさんが姉のメリーさんには逆らえないといわれるのは、このような昔からの事情が関係しているのかもしれません。
その後3姉弟は再びアメリカに渡り、ジャニー喜多川さんは、現地の高校からロサンゼルス市立大学を卒業したので英語はペラペラなんです。
母親のメリー喜多川さんはアメリカロサンゼルス生まれで、日米の国籍を持っていました。
そのため米国名、日本名ともにミドルネームがあったのです。
米国名: Mary Yasuko Kitagawa (メアリー・ヤスコ・キタガワ)
日本名: 喜多川メリー泰子(のちに、藤島メリー泰子)
「メリー」という名前の由来は、クリスマスの翌日に生まれたので「Merry(メリー)」→「Mary(メアリー)」になったとか。
藤島ジュリー景子社長は日本で生まれましたが、母親であるメリー喜多川さんは、愛娘には自分と同じように季節にまつわるミドルネームをつけたのだと考えられています。
藤島ジュリー景子の「ジュリー」は、7月生まれのJuly(ジュライ)が由来とか。
そして藤島ジュリー景子の「ジュリー」というミドルネームのある名前がつけられたのは、母親であるメリー喜多川さんの影響が大きかったのでしょう。
愛娘も将来アメリカで生活する可能性を視野に入れてミドルネームを付けたようです。
日本の法律ではミドルネームが認められていないため、「ジュリー」も名前の一部となり「藤島ジュリー景子」が本名となっているそうです。
ジャニーズ女帝は藤島ジュリー景子へ引き継がれるのか
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ジャニーズ事務所をめぐって激震が続いている。
11月1日に同事務所副社長でジャニーズアイランド社長の滝沢秀明氏の退社を発表。
11月4日に人気グループのキンプリことKing &Prince5人のうち3人の来年退所を発表。
この二つの出来事には互いに関連しているものなのかが取り沙汰されている。
藤島ジュリー景子社長は冷血支配か?
滝沢秀明氏の退社とKing &Princeの退所は、藤島ジュリー景子社長の「冷血支配」を物語っているという。
カリスマ創業者のジャニー喜多川前社長が他界し、メリー喜多川前副社長も他界した。
それ以降、ジャニーズ事務所はメリー氏の娘である藤島ジュリー景子社長と滝沢秀明副社長に引き継がれた。
しかしながら、この2人のあいだには確執が起きていたという。
ジャニーズ事務所は、これまでジャニー氏とメリー氏で、激しくも、情に厚い二人によって支えられていた。
長年事務所に尽くしてきた人物を排除していくジュリーさんの姿勢が「冷血支配」と例えられてもしょうがないかもしれない。
ジュリー社長は自らを支える事務所内部の体制すらも変えていったという。
昔から支えてきた人物に代えて、大手レコード会社や民放テレビ局の人間たちを入れた。
加えて滝沢秀明副社長の提案ははねつけられることが多々あったようだ。
これらの行動は、SMAPを育て上げた敏腕マネージャー飯島氏を排除しSMAPを解散までに追い込んだジャニーズの女帝メリー喜多川さんの姿をほうふつとさせる。
ジャニーズ女帝は藤島ジュリー景子社長へ引き継がれた
もともとジャニーズ事務所内での役割はそれぞれ分かれていた。
ジャニー喜多川社長はタレント発掘や舞台のプロデュースを担当する。
メリー喜多川副社長が経営や事務所管理を担当するなど二人三脚で運営されてきた。
ジャニーさんの遺志を受け継いだ滝沢秀明副社長は、舞台やショーを中心に担当。
メリーさんとジュリーさんはテレビと映画が中心というようにすみ分けられていった。
それゆえ経営に対する考え方が根本的に異なることが多かったようだ。
ジュリーさんは叔父であるジャニーさんを「天才プロデューサー」と認めてはいたものの、一定の距離を置いていたのは事実のようです。
タレントのデビューまでは滝沢秀明副社長の管轄。
デビュー後はジュリー副社長の管轄と棲み分けがなされていたという。
滝沢秀明副社長がデビューさせた「Snow Man」「SixTONES」が成功を収めた。
彼らが売れるようになる過程において、滝沢秀明副社長のやり方とジュリー副社長の経営に関する考え方において、確執が生まれていったらしい。
キンプリについても同様で、辞める3人は海外公演をしたいと願っていたという。
その海外公演を叶えてくれないジュリーさんには強い不満を持っていたらしい。
残る二人は映画やドラマを優先したいと考えていたという。
このようなジュリー氏と滝沢氏の肌合いの違いや、ジュリー氏の経営に対する違和感などが一気に噴出したのが今回の退所騒動の原因だったのだろう。
これらの行動は、SMAPを育て上げた敏腕マネージャー飯島氏を排除しSMAPを解散までに追い込んだジャニーズの女帝メリー喜多川さんの姿をほうふつとさせる。
この流れがジャニーズ事務所の退所ラッシュとならないことを願うばかりだ。
まとめ
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喜多川家の家系図を確認し、藤島ジュリー景子社長はミドルネームによりハーフかどうかを検証してきました。
ポイントは以下の通りです
- 藤島ジュリー景子社長はハーフなのか。
- 父方も母方も日本人でハーフではない。
- なぜミドルネームを持っているのか。
- 父親・母親がアメリカ生まれで両国の国籍があったから。
- 藤島ジュリー景子社長は冷血支配なのか。
- ジャニーズの女帝メリー喜多川さんの姿をほうふつとさせる。
以上、藤島ジュリー景子社長はハーフなのかについて、またジャニーズ女帝メリー喜多川との関係について検証してきました。